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みなもちゃんと水素職人のみなもとダイアリー

株式会社ウォーター・インスティーチュートメンバーのブログです

水に生命の宿りて生物とはなれり

こんにちは、みなもです。

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さて、少し くり返しにも なりますが、

今日は、

妊娠中の お母さん そして、

これから、お母さんになる 全ての女性に

秀光博士の言葉を お届けします。

 

「 水に満たされた 1個の受精卵が

      人間になる事の 不思議 」

 

私が、多くの体験談を聞いた中で、特に印象的

だったのは、妊婦の皆さんからの 報告です。

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妊娠前、あるいは 妊娠の初期から

「水素水」を 飲用されていた方は、

総じてつわりがほとんどなく、

お産が軽く、誕生した赤ちゃんも 

精神的身体的に きわめて健全だった

というものです。

また、出産後の お母さんの経過も とても良好で、

なおかつ 母乳の分泌も 充分だった と いいます。

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一粒の受精卵から分裂のはじまった生命が、

最後には100兆もの、しかも完全に統制のとれた

生命体に形成される過程を考えるなら、

そこに人知を超えた力の働きを見ないわけには

いきません。

すべては大きな意思の下に運ばれているとしか

思えないのです。」

 

『水で死ぬ!!』 林 秀光著 1990年出版 より

 

水に生命の宿りて生物とはなれり

生命は神より来たれるものなれば

元より全なり

されば、全なる神の生命の宿りて

働き給う水の完なるとき

生物は全にして完とならん

生きとし生けるもの

すべからく完全とはならん

 

水をして

完ならしめよ

おのずから

生きとし生ける

もの全ならん

 

『“ 小さな水 ” があなたを救う』ー 林 秀光 著 1991年出版 

 より みなもの大好きな

 この 「題詩」 を お届けして、

今日の、最後の言葉と いたします。

 

今日も、最後までお付き合いいただき

ありがとうございます。

『え? まさかね、、、?』

みなさん、こんにちは。

水素職人、さいとうです。

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暑い日が続いております。

 

今日も、ギラギラと凶悪さを増して、
日光が降り注いでおります。

 

ちょっと、電気屋に用がありまして、昼休みに外出。
幸いにも我が事務所がある新長田駅前は、
地下をあるいて、ビル間を移動できますので、
「直射日光」を浴びる心配はすくないのですが、そうすると
たまにある 木漏れ日 正確には 窓漏れ日でしょうか、
それを喰らうと、思い以上にダメージがあります。

 

 

そして、いかに地下といっても、大都市にある地下街レベルでも
ありませんので、空調が良くはないのです。

ひょっとしたら、地上より暑くねぇか? ここ?

って箇所もあるくらいで、意外にも汗をかく羽目になりました。
かと思えば、これまた空調の関係か、異常に「ヒヤッと」する場所も
ありまして、びっくりします。 
ありますよね、ある一角だけ、それもせま~い範囲で。
なんで、この数10センチ区間だけこんなに寒いんだ??って場所。

 

 

 

で、昨日経験したことを。

 

昨晩は梅田で会食をしておりまして、ほぼほぼ終電で帰宅したのです。

 

18:30から始めて、23時過ぎまででしょうか。 

楽しい話、大きな話、小さな話、文化の話、しょーもない話、すんごぉーい話、
トンデモな話、いろいろ話しまして、
さて、駅まで行こうかって時に、地下通路を通ってきたんですね。
時間帯からか、割と空調も弱めに感じまして、
速足で歩いたこともあるのでしょう、結構な汗をかいた状態で駅に到着。

 

で、電車に乗ったら、発車までしばらくありまして、
ドア全開の状態で、10数分。 汗が一向にひきません。 
ちょっと、お酒も入っていますので、ダラダラです。 

 

発車してしまえば、今度は強~い冷房です。 
自分の駅までの10数分、汗こそ渇けど身体はさほど冷えていません。


駅から自宅まで、いつもとは違う沿線でしたし、市バスは終わっている。
タクシーは嫌いですので、家に向かって歩き始めた職人です。

 

夜中0時近いですから当然、日は射していません。 
空を見れば、真っ暗、重い雨雲が張っています。
気付けは、パラパラと ちょっと降り始めました。 すごい湿気です。

で、近道をと思い、いつもは全く歩かない住宅街を歩いて、
10分ほどしたとき、身体が右に傾いていきます。

それこそスローモーションのように。
傾くというか、視界にある建物や、車が斜めになっていく って感じですか。

自分が斜めになっていくのではなくて、世界の方が左に曲がっていく、
重力の向きがおかしい????って感覚になりまして、

 

「え?」なんだこれ? って、

気分が悪いわけではなくて、酔いもしていません。 
意識もはっきりしていて、五感もあるのに、

「真っすぐ」が曲がっていくぞ、って感覚です。

 

おっと、と すぐに右足を出しましてので転びもしていませんし、
一瞬後には元の状態に戻って、まったく普通です。

ホントにその一瞬だけ、傾きがおかしくなった、真っすぐが真っすぐじゃない
ってのを経験しました。

 

 

 

 

めまい ですね。 

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もっと、「クラクラ」って来ると認識していましたけど、ぜんぜん、
そのまま、「スーっと」そして、「ドターン」ってなるとこでした。

 

かんがえたら、最後に水分とったのって、結構前だ。
最初の方に軽~くお酒飲んだだけで、デザートを僕は食べなかったんで、
その後のお茶も飲んでない。

着ているシャツがけっこうびしゃびちゃなのは、
降っているパラパラの雨のせいではないでしょう。 

 

これって、「軽い脱水症状、、、?

 

え? ミイラ取りがミイラに。
そんないいもんじゃないか、カッパの川流れか、サルも木から落ちるか?  

いずれにせよ、落ち着こう、自販機はどこだ?

あの明るいのが自販機か。 よしよし、スポーツ飲料は、、、これだな。 
500円玉いれてと、、 グッとボタンを押すと、、、
あれ? 出ない。  ん? 釣銭切れ!?  あ、細かいのが5円と1円玉しかない。

コンビニは、バス通りまで出ないとダメか。 とりあえず水分を、、、

 

 

 

 

まぁ、全く深刻ではなく、すぐに水分は補給できましたし、その後もなんともないんですけど。

 

なんとも怖いのは、まったく「自覚症状が無かった」ことです。

感じていたのは「暑っいなぁ、くそぉー」ってくらいで。

めまいをする前、なーんにも、ふつうもふつうだったことが怖いです。

 

下手したら、気付いたときは、地面に頭ぶつけたときってなっていたかもしれません。

 

もう、どんだけみっともなくても言い続けますよ。

 

「水分は、常にとり続けましょう。 
のどが渇いてからでは遅いです」

 

いま、ここまで読んでくれたあなた。 外にいても、中にいても、
ちょっと、水分補給しましょう。 さぁ。

 

 

 

 

 

周りは暗いし、街頭も少ないほとんど通らない道だし、
気付けはなんかお堂みたいなのあるし、シーズンだし。
違う意味でクラッと来たのかと、一瞬だけ思った
霊感の全くない職人でした。

『ぼくの好きな先生』 番外

みなさま、こんにちは。

水素職人、さいとうです。

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さて、「ぼくの好きな先生」と題して、
「なぜ、汗をかくのか」ってのを説明しているシリーズ。

ちょっと番外編として、小学校の先生を。

 

いまでは、教科制も珍しくなくなってきているそうですが、
私の時代の小学校ですから、担任が全教科を受け持っていたわけです。

 

でも、その先生は「絵画」がお好きだったのか、
絵の勉強には力を入れてらっしゃいました。

 

普通の小学生より、絵は描いていたと思います。
当時は、比較する人がいないので、常識だと思っていましたが、
中学校に行って、「あ、それって、俺だけなの、、、」って
ちょっとした地域差のカルチャーショックってのですかね。
そんとき初めて知る、自分の非常識さ加減。

 

静物画、風景画、博物画、人物画、著名作品の模写、
「こどものレベル」でしかありませんが、良く描いていたものです。

 

模写がいちばん好きでした。 次いで、人物画。

あ、好きなだけで、決して上手とか、賞をとったとかではないですよ。
それこそ、小学生ながら「下手の横好き」って自分で言ってました。

 

で、この先生なんですけど、「言葉遣い」に長けて居られる人でした。
言葉の選び方とでも言うのでしょうか、
同じことでも、異なる表現を何度もして、「そういう言い方もあるんだぁ」と
職人少年、まんがのごとく、自分の顔に絵の具を付けながら先生の教えを受けていました。

つけたくてついているわけではなく、指も使って色を塗ることがあったので、大抵、顔のどこかに絵の具がついていました。

 

 

厳しい教えの先生だったのですけど、その言葉に

「ホネのある絵を描けぃ!!」ってのがありました。 

 

いわゆる、「骨のある奴」などと表現される、筋の通った、しっかりした、気骨ある、絵って意味も込めて言っておられたとも思いますが、

そのままストレートに、「人物画には骨格を入れろ」って教えでした。

 

もう、こっちは まんがばぁっかり読んでる小学生ですから、
当時は、ジャンプよりはチャンピオン、コロコロ、ボンボン、
少年チャレンジ、マンガくん、りぼん、花とゆめ
くらいは、ずっと好きで好きで読んでいるわけでして。 
どうしても、登場人物に影響を受けて、「まんが絵」を描くわけです。

そうすると、「この人物にはホネが無い!」って
お前の絵にはホネが無い!」って叱られるって寸法です。

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どの骨が、どの骨の どれくらいの大きさで、

どの関節が どこまで曲がるかっってのを考えろって、

 

小学生、なぜか怖がる「理科室の標本」をしっかり見せられましたね。
理由もなく怖がる子には、
「自分の体にも同じもんが入ってるんだ、怖いわけあるか!」って、

いつ頃からか、学研 科学の付録の 全身骨格を机に置いて
絵をかくようになりました。
そのうちに、あまり矛盾のない人物像が描けるようになりまして、
いまでも、極端なディフォルメのされた漫画の登場人物には違和を感じますね。
逆に、ちょっとくらいずれていても、「骨」が見える絵は、おかしくは見えないんですよね。

 

でも、
数年後には、絵もほとんど描かなくなり、全身骨格は
コンバットジョーの飾りに代わりはて、
いまではその知識は関節技くらいにしか活用しませんが、

絵はまだ好きですね。

 

 

自分で「下手の横好き」と言っていた職人少年ですけど、
先生は、それに対して、「好きこそものの上手なれ」だと
いってくださっていました。

 

よし、今日はちょっと、描いてみるとします。

 

てなわけで、番外編でした。